人は1人なのだろうか
こんばんは!嵐大コーチです!
最近、自分と会話をすることが増えています。
そこで思ったことが
「人は、一人で生きているのだろうか。」
ということです。
そこで、自分の中にいる「もう一人の存在」について考えてみました。
もちろん体は一つだし、外から見れば自分は一人です。
それでも、心の中では誰かと会話しているような瞬間があることみなさんにもありませんか?
うまくいかなかった日。
「今日はダメだったな」と思ったとき、
どこかから声が返ってくる感覚です。
「そっか、悔しいよな。」
責めるわけでもなく、正そうとするわけでもなく、ただ、隣に座って話を聞いてくれているような存在。
それは「僕」というより、「君」と呼ぶ方がしっくりくる気がします。
自分の中にいるのに、どこか他人のようで。
でも、誰よりも自分のことを理解してくれている。
不思議な存在です。
よく考えてみると、人はそれぞれ日々たくさんのことを感じながら生きていると思います。
嬉しいこと。
悔しいこと。
うまくいかないこと。
自分の弱さに気づく瞬間。
そんなとき、もし心の中に誰もいなかったら、人は少し苦しくなってしまうのかもしれない。
でも多くの人はきっと、心のどこかで自分自身と会話しているのではないしょうか。
「大丈夫。」
「もう少しやってみよう。」
「今日はよく頑張った。」
そんな言葉を、知らないうちに自分にかけている。
それは、自分でありながら、自分ではない誰かのようでもあります。
最近ふと
Hello, Again 〜昔からある場所〜(My Little Lover)
という曲を聴いたとき、そんな感覚を思い出しました。
昔からそこにあったような感覚。
気づいていなかっただけで、ずっと隣にいた存在。
落ち込んだとき。
うまくいかないとき。
立ち止まりそうになったとき。
その「君」は、きっと静かに隣に座ってくれています。
「大丈夫だよ。」そんなふうに。
面白いことに、僕の中にいる「君」は、わりと自分に甘いです。
周りには「大丈夫、大丈夫」と言っているときでも、
心の中の君は「そこまで無理しなくていいんじゃないか」と声をかけてくることもあります。
外に出している言葉とは少し違う声だけれど、
不思議とそのやりとりがあるからこそ、より一層頑張れる気がします。
でも、その逆もあります。
外では「それは難しいよね」と自分を許しているように見えたとしても、
心の奥では「いつか見返してやろう」と静かに燃えていることもあります。
人の心はきっとそんなに単純ではなく、外に出している言葉と心の奥にある想いは必ずしも同じとは限らないのではないでしょうか。
もしかすると僕たちの心の中には、一人ではなく、いくつもの「君」がいるのかもしれません。
寄り添ってくれる君。
冷静に見ている君。
静かに燃えている君。
そんな声たちが、心の中で会話をしながら、人は自分のバランスを取りながら生きているのかもしれない。
もしそうだとしたら、人は完全に一人ではなく、自分の中にいる「君」と一緒に、今日も生きている。
さて、みなさんの中には、どんな「君」がいますか。